親と話すとき、友達と話すとき、その好意は誰に向けられているのか、と思う時があります
顔を見て、声を聞けばそこに好意があるかないかくらいは感じ取れますが、それって「私」になのだろうか、と。
「みなみ」という人に対して向けられているのだとして、その「みなみ」と「今思考している私」って同一人物なのだろうか。
目が合って、微笑んでもらっても、まるでその視線が「私」を通り越して別の人に対しての好意のように感じられます。
まさに、「私」と「みなみ」が同一のものと思えない…
なんででしょうね。
そういった好意を向けられるに値しない魂だと自分のことを思っているからかもしれないとふと思いました。
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